彼だけは知っていた。

前回のブログの続き、ロシア軍の人の話です。

1月の初めに、私は、ギルドの人たちに「ロシアはウクライナを攻めるの?」と聞いていました。
みんな「そんなことをしてもロシアに何のメリットもないししないよ」「プーチンは口だけで脅してるだけさ」という答えでした。
もちろんロシア軍に勤める彼にも聞きました。
「あー、それに関してははっきりとしたことはお答えいたしかねますが、もし仮にそのような決定があったら、軍に所属する私たちが真っ先に知ることになるでしょう」という答えでした。
彼は、夜勤中にゲームをやってるような、たるんだ軍人(笑)でした。
そのような決定はどうやらなさそうだな、と思いました。
そのときはウクライナ侵攻の命令がなかったのは間違いと思います。

1月の下旬になって、彼がゲームにインしなかったり、とても遅かったりするようになりました。
いわく「個人的な仕事で、数か月、インできないかもしれない」と言いました。
軍に勤めている人間が、個人的な用事で数か月インできないなんてあるのかしら、と思いました。
軍の仕事だけどそうは言えないから「個人的な用事」と言ってるのだろう、と思いました。
ひょっとしたら・・・?と一瞬思いましたが、そのころカザフスタンで反政府デモがありロシア軍が出動した等のニュースがあり、そういう理由かなと思いました。
でも後になって、プーチンがウクライナ侵攻の準備を軍に命令したのは1月の下旬だと知りました。
まさに、それだったのです。

日本では2月の半ばにニュースになりましたが、1/31に、全ロシア将校協会という団体が、ウクライナ侵攻の中止とプーチン辞任を要求していました。

1月下旬にはプーチンがウクライナ侵攻を軍に命じていたのです。
そして軍部ではこの侵攻がまったく無意味で、かえってロシアにダメージを与えるものだと認識していました。
おそらく将校ではなく、下士官クラスであろう彼も同様に考えていたと思います。
むしろ将校たちよりもさらに深刻に受け止めていたのではないかと思います。
彼は「数か月」と言っていたのです。
この時点で、世界の誰もが、もしロシア軍はウクライナに侵攻すれば、キエフなど数日のうちに陥落すると思っていたはずです。
しかしチェチェン紛争を戦い抜いてきた彼には「キエフが陥落しプーチンが勝利宣言をしたとしても、各地にロシア軍に抵抗する勢力が残存し、それを掃討するのは自分たちだ」とわかっていたということです。
あるいは軍の状態からキエフ攻略すら数か月かかる可能性を見ていたかもしれません。

私と彼は、ゲームの中のチャットだけではなく、個人的なメールのやりとりもしていました。
(念のため、恋愛感情とかはないです。)
1月の下旬から返事がなくなりましたが、「忙しいのだろう」と思っていました。

2月の上旬、これは全く戦争とは関係がなく、ギルドに嫌なタイプの人が加入してきて、その人と衝突して私はギルドを発作的に抜けてしまいました。
よくオンラインゲームにいるタイプの「自分のやり方が一番」的な人で、私のやり方をいろいろ言ってきたためです。
数日後、彼から「どうしてメールの返事をしないのか」とゲーム内のチャットで言われました。
「え、あなたからのメールは来てないよ」と答えました。
メールボックスや迷惑メールフォルダを見てもありませんでした。
「別のメールアドレスを教えるからそっちにメールを送ってみてよ」と別のアドレスをチャットに書いて送りましたが、彼からのメールは、ありませんでした。
今から考えると、彼は軍のネットワーク内にいるはずです、ロシア国外への情報のやりとりは遮断されていたのでしょう。ウクライナ侵攻の決定を漏らさないためです。

メールが届かないので、彼はゲーム内のチャットで「なぜギルドを抜けたのか」と聞いてきました。
私は、嫌な人がいるということと、このゲームをあと1-2か月で辞める予定だと伝えました。このゲームは上位ギルドにとどまるためにはかなりの課金を必要とします。その課金に飽きたのと、もうそろそろ最終ボス(いわゆるラスボス)を倒せそうだったので、それを倒したら辞めると言ったのです。

なぜか、彼は、ギルドに戻るようにと私に言わなかったです。
私がギルドを抜ける原因になった嫌な人のことを弁護するようなことを言うので、ちょっと失望しました。
戻って来いよ、ってどうして言わなかったのかなと思いました。

2/15、新しく入ったギルドがイマイチだったので、戻りたいなーという気分になり、彼にゲーム内チャットで話しかけました。
挨拶をすると、彼は感極まったように、
「猫娘さん(私はNekoという名前でゲームをしており、それが日本語で(猫 кошка(コーシュカ))であることを教えていました)、あなたがいなくて、自分はどうしたらよいんだろうね」と言いました。
それに返事をしようとすると、いきなり、今度は怒り出しました。
「(ゲームを)辞めるっていったんだろ?さっさと辞めちまえよ!」
私はそれに対して「ラスボスを倒したら辞めるといった、たぶん早くて2月の終わり、あるいは3月の半ばだろう」と答えましたが、彼からの返事はありませんでした。

そして戦争がはじまったのはその翌週でした。

彼は、何が始まるのか知っており、そしてそれが私のような西側の人間からどう見えるのか、わかっていたんです。
だからギルドに戻れと言わず、むしろ「さっさと辞めちまえ」とさえ言ったんです。

あれから二か月強が経ちました。
戦争は止む気配がありません。
彼の、ゲーム内のキャラクターは、動いています。
でも、動かしているのは彼だとは思えないです。
ギルドの人たちは、全員ではないですが、お互い、キャラクターを貸し借りしていました。
自分が動かせない間は、別のギルドメンバーに動かしてもらっているのです。

元のギルドの中が良かった人たちに、彼のことを聞いても、本当とは思えない答えが返ってきます。
3月の半ばに聞いた人は「彼はウクライナに行ってないよ」と答えました。
4月の上旬に聞いた人は「彼は、実際は最初の頃に『個人的な用事』でゲームを離れていたけれど、でももう帰ってきたよ」と答えました。
どちらが本当なのでしょうか。
私はどちらも、嘘だと思っています。
彼の居たチェチェン共和国は、ウクライナ南東部からそう遠くはないのです。
彼がチェチェンのどこにいたかは知らないですが、首都のグロズヌイからたとえばマリウポリまで1000kmぐらい、東京から福岡にいくぐらいの距離です。

戦に慣れたチェチェン人スペツナズ(特殊部隊)の彼が、侵攻開始から3週間以上も、戦線に投入されないわけがないです。
逆に、いったん戦線に投入されて、今の膠着状態で、戻ってこられるとも思わないです。
たとえば1週間ぐらい後方に退いて、補給と休息と部隊の再編成を行う、といったことはあるかもしれませんが、のうのうとオンラインゲームができるようなところに居られるとは思わないです。

ゲームの中の彼に話しかける勇気は、ありません。
答えが返ってきたとしても、それが彼である保障はないです。
日本語でやりとりしていた相手ならば、「彼はこんな言い回しはしない」とか、逆に「ああこれは彼の話し方の癖だ」とかわかる可能性はありますが、ロシア語でそれはできないです。
(さらにいえば、私はロシア語を直接理解していたのではなく、それを英語に翻訳して理解していました。)
誰か別の人が答えたとしても、私にはそれはわからないです。

ウクライナ関係のニュースは、すべて私をひどく落ち込ませてしまいます。
特に、素人目にも無策なロシア軍のやりかた、たとえば「狙い撃ちしてください」といわんばかりの、何十kmも縦列につづいた戦車の様子や、そんな戦車がジャベリンやドローンで無抵抗に破壊される様子や、ばらばらに砕けたロシア兵と思われる死体とか、そのようなものを目にすると、苦しくなってしまいます。
あるいはロシア兵が無抵抗のウクライナ市民を虐殺したとか、ウクライナ人女性をレイプしたとか、金目のものを略奪したとかいうニュースも、苦しくなります。
戦争としては、これはどうみてもロシア側が悪いです。
私個人としても、ウクライナを応援し、ささやかですが募金もしました。
でも、そこには私の友達がいる、彼がジャベリンで生きながらずたずたにされてひまわりの養分になるのも嫌だし、彼が拷問やレイプなど何か非道なことをしたかもしれないと考えるのも嫌なのです。

彼が、たとえばチェチェンにまた過激派イスラム教徒のゲリラが出没し、それを鎮圧するために出動して殉死したとしたら、悲しいですが、これほど苦しくはありません。

私を一番落ち込ませてたのは、4/3のこのツイートでした。

「ウクライナで亡くなったチェチェン兵士の家族にジャガイモ、タマネギ、小麦粉が贈られました…「寄付」はカディロフ財団から提供されました。」

彼の母と、4人の子供たちの元に、このようなものが届けられたとしたら、あまりに酷いです。
ジャガイモ、玉ねぎ、小麦粉で喜べというのでしょうか・・・?
このようなものを贈られたら、「息子を、父ちゃんを返せ!」と投げつけたくなると思います。
でもそういうことは言えないでしょう。

もし、神様がいるのなら(彼の神様はアッラーだ)、聞いてみたいです。
若いころから20年も戦うことだけ強いられて、数年の平和ののちにまた戦争になげこまれる運命をどうして彼に与えたのですか?彼だけじゃない彼と同じような人たちがたくさんいるはずです。

あんまりひどくないですか?
どうしてなんですか?

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